コラムColumn
血液脳関門の漏れがもの忘れと関連?
老化脳
Posted on 2021.9.21
鍵を置いた場所を忘れる、クルマをどこに駐車したのか忘れる、人の名前を覚えられない…こんな経験が年齢とともに多くなっていくものですが、このような脳の老化には「血液脳関門の老化」が関係しているではないかという米国ワシントン大学医学部の報告が、2021年3月の「Nature Aging」に掲載されました。あらゆる年齢で健康な脳を維持するためには、脳を守る血液脳関門の機能を正常に保つことが知られており、今回の研究では、過去の150以上の研究データをレビューして、加齢とともに血液脳関門がどう変化するかを調べました。1800年代後半に発見された血液脳関門は、血液から脳への無秩序な物質の漏出を防いでいます。脳は特に敏感で繊細な器官であり、血液中の多くの物質への直接の曝露に耐えることができません。さらに血液脳関門が脳の栄養ニーズに応えるために、規制された方法で多くの物質を脳に取り入れていることも明らかになっています。また、さまざまな情報伝達分子を血液から脳に輸送し、逆に毒素を脳から運び出して排出します。血液脳関門の機能不全は、多発性硬化症、糖尿病、さらにはアルツハイマー病などの病気の一因となる可能性があります。今回の研究では、血液脳関門の機能不全が脳の病気にどのように影響するかを理解する必要があるという目的で行われました。研究結果によると、標準的に老化した脳は血液脳関門にごくわずかな漏れが生じ、この漏れは病的ではない正常範囲内のもの忘れと関連していることがわかりました。一方でアルツハイマー病のリスクの最も強い遺伝的リスクであるApoE4対立遺伝子を持っている人は、血液脳関門の加齢に伴う変化が加速しやすい傾向があることが明らかになりました。ApoE4対立遺伝子を持つ人は、脳内のアミロイドベータペプチドが除去されずに蓄積しやすく、プラークの蓄積を引き起こします。健康な老化であっても血液脳関門のポンプはアミロイドベータペプチドを取り除くのに効率が悪くなりますが、アルツハイマー病の人ではさらにうまく機能しないことが原因の一つであるとみられています。さらにもう1つ今回の研究成果での重要な発見は、加齢とともに、血液脳関門となっている脳の毛細血管の周皮細胞が機能低下し始めることです。特にアルツハイマー病で発生する血液脳関門の漏出は、加齢に伴う周皮細胞の喪失が原因である可能性が今回の研究で示唆しされています。この結果をもとに推察すると、周皮細胞が分泌する何らかの増殖因子を投与したり、周皮細胞を移植することによって、より健康な血液脳関門の維持が可能になり、脳のさまざまな病気の治療にも役立つ可能性があると指摘しています。
【出典】William A. Banks, May J. Reed, Aric F. Logsdon, Elizabeth M. Rhea, Michelle A. Erickson. Healthy aging and the blood–brain barrier. Nature Aging, 2021; 1 (3): 243 DOI: 10.1038/s43587-021-00043-5