犬とオオカミは遺伝子レベルではほとんど同じでありながら、オオカミが野生の性質を失わずに人間が飼いならすことが困難である一方、犬が人と仲良く暮らしまた他の動物とも仲間として一緒に生活できるのは何故なのか、その理由に答えることは生物学者にも難しい問題とされてきました。
米国・マサチューセッツ大学アマースト校の進化生物学者Kathryn Lord博士らがEthology 2013年2月号に発表した研究で、オオカミが野生を失わないこと、犬と違って人や他の生物の集団に対し強い警戒心を持ち続けるのは、オオカミが犬よりも早期に動き回り始めることに、その原因があることを明らかにしました。
博士らは出産直後のハイイロ・オオカミ7匹と33匹の子犬(ボーダーコリーとジャーマンシェパード)を対象に、嗅覚、聴覚、視覚の発達と行動発達のプロセスを詳しく観察しその違いを分析しました。
観察の結果、オオカミも犬も同じように平均して生後2週間で嗅覚が発達し知っている臭いと知らない臭いの弁別が可能となり、4週間で聴覚が発達し周囲の環境音の変化や声の違いなどを識別できるようになり、さらに6週間で視覚が発達し周囲の生物や物を認識できるようになりました。
しかしながら動き回り始める時期がオオカミは生後2週間目で、犬は生後4週間目からという違いがありました。
博士によると2週間目で動き回り始めるオオカミの子はまだ耳も目も使えない状態で嗅覚のみを頼りに動き回り、この段階で社会性発達のための臨界期に入ってしまうため、嗅覚のみが群れを識別するための感覚となってしまう、このことが犬と決定的に異なるということです。
したがってオオカミの子は音や視覚的刺激は全て慣れないものとして受け止めてしまい、聴覚や視覚の刺激は新奇で彼らをおびえさせる刺激として出現してしまうそうです。
一方、犬は社会性の発達に重要な時期が生後4週間目から8週間目であり、動き回りだすのは4週間目以降であり、つまり嗅覚、聴覚、視覚が発達してから群れを識別するようになるため、聴覚や視覚の刺激におびえることが少ないそうです。
この違いがその後のオオカミと犬の環境順化力の違いとなり、この2週間の運動発達と社会的発達の臨界期の違いが犬とオオカミの決定的な差の原因となるということです。
博士によると犬は社会性発達の臨界期が生後4-8週目なのでこの時期に90分間だけでも飼い主以外の人や他の動物に接触させておくと将来相手を恐れたりしなくなり、オオカミは生後3週間前に24時間接触させてやっと同様の警戒心を解く効果が得られますが、それでも犬と同様に打ち解けた関係をつくるのは困難だと付け加えています。
Ethology 2013年2月号