コラムColumn

幸福が脳を成長させる

心理教育、子育て脳

Posted on 2020.11.6

セロトニンは俗に「幸福(幸せ)ホルモン」と呼ばれ、精神の安定を維持するために欠かせない神経伝達物質です。実はこのセロトニンが、人間の脳の発達にも欠かせない物質であることが、ドイツのマックスプランク研究所の研究で明らかになり、2020年10月の『Neuron』に掲載されました。 人類は進化の過程で特に脳の「新皮質」のサイズが増大し、これによって話し、夢を見て、考えることを可能にしました。ではどのようにして、人類は脳を大きく進化させたのでしょうか?
マックスプランク研究所の研究者たちは、満足感、自信、幸福感を仲介するために脳内で機能することが知られている神経伝達物質セロトニンに注目しました。ヒトやマウスの胚(発達中の受精卵)では、胎盤がセロトニンを生成し、セロトニンは血液循環を介して脳に到達しますが、発達中の脳におけるこの胎盤由来のセロトニンの機能は明らかになっていませんでした。 研究者らは、セロトニン受容体HTR2Aがヒトの胚では発現を確認できましたが、マウスの胚では発現していないことを発見しました。そこで研究者らはマウスの胚でHTR2A受容体の産生を誘導したところ、発達中の脳でより多くの基底前駆細胞の産生をもたらし、脳細胞の産生を増加させて、より大きな脳になることがわかりました。

この結果から、高度に発達した脳、特に人間の基底前駆細胞の成長因子としてのセロトニンの新しい役割が明らかになりました。一方で、セロトニンの異常なシグナル伝達とその受容体HTR2Aの発現や変異が、ダウン症、注意欠陥多動性障害、自閉症などのさまざまな神経発達障害および精神障害で観察されているため、研究者らは今回の研究成果を新しい治療手段の開発などに生かしたいと述べています。

 

【出典】 Lei Xing, Nereo Kalebic, Takashi Namba, Samir Vaid, Pauline Wimberger, Wieland B. Huttner. Serotonin Receptor 2A Activation Promotes Evolutionarily Relevant Basal Progenitor Proliferation in the Developing Neocortex. Neuron, 2020; DOI: 10.1016/j.neuron.2020.09.034